BlogCEOブログ書いてます
2026/01/29

【ピカソに学ぶ②:副業を始めた25歳の自分へ】

楽しくて、疲れなんてしらない毎日だった。

楽しくて、疲れなんてしらない毎日だった。

まさか社会人になってから、いじめられるとは思わなかった。私が監督の現場は、職人さんたちから敬遠された。

私:「今日はよろしくお願いします」
「ごろー(私のあだ名)の現場は嫌やで、帰るわ」
「ごろーの現場か、ついてないで…」

私:「すみません、そこ掃除してください」
「自分でやれ!」 竹箒を、足元に投げ捨てられた。

20歳で現場監督になった。 まさか大の大人が、現場で泣くことになるとは思わなかった。

漢字が書けなくてバカにされたのが悔しくて、すごい数の本を読んだ。 国家資格もとった。 でも一度「使えない奴」というラベルがついた人間に、再び希望の光が宿ることはなかった。

──25歳、Windows95が発売されたその年までは。

『パソコン塾、インストラクター募集』
私はその看板に目を奪われ、
気がついたらノックしていた。

昼は、竹箒を投げられる舗装の現場監督。
夜は、先生と頼られるパソコンの先生。
夜中はパソコンの勉強。

眠かったけれど、世界はピカピカと輝き出した。
腕力も社歴も関係ない。 新しい技術を知っているだけで、感謝される世界がそこにあった。

「人に喜ばれる」とは、こんなに嬉しいものだったのか。 あの時、私は初めて「自分の人生」を取り戻せる気がした。

▪️ピカソの名言にこういうものがある。
「人生の意味は、自分の才能を見つけること」
「人生の目的は、それを他人に分け与えること」

25歳の私よ…
よく、あのとき勇気を出して飛び込んでくれた。 昼間の絶望に負けず、夜の希望にしがみついてくれてありがとう。

「ありがとう」── 君の勇気と努力は、30年後の今、
建設とテックを繋ぐ、大きな希望になっています。

あなたは、苦しかった頃の過去の自分に、
どんなメッセージを伝えたいですか?

一筆啓上いたします。
「挑戦しよう、君には才能がある」

【ピカソに学ぶシリーズ】
▪️①:家業が倒産した15歳の自分へ
▪️②:副業を始めた25歳の自分へ
▪️③:27歳で起業「生涯の手取り月給は、平均28.5万円」
▪️④:41歳人生最大の挑戦
▪️⑤:45歳、倒産前

記事へのフィードバックは

LinkedInでお聞かせください

Archive

【たった一人の営業】

【ウキウキする音】

【戦争と工事現場】

【嫌な音】

【音楽が仕事の役に立つ】

Monthly archive

この記事をシェアする

野口 高志
15歳で実家が倒産。20歳で竹箒を投げられた現場監督。
27歳で起業し、46歳で倒産・破産。48歳で仲間とガレージから再出発。
55歳の現在は、建設テック企業「ダックビル」の代表取締役CEOと、創業120年の大規模修繕工事大手「建装工業」の執行役員CDOを兼務しています。

「大企業とベンチャー」「現場と経営」「伝統と未来」をつなぎ、建設業の未来をつくるための挑戦を続けています。

【現在の役割】
■ 株式会社ダックビル|代表取締役CEO
売上5億円 / 25名 / 資本金6,000万円 / 創業10年

■ 建装工業株式会社|執行役員CDO
売上620億円 / 850名 / 資本金3億円 / 創業120年

高い自己資本比率(ダックビル65%・建装工業60%)を背景に、堅実な経営基盤の上で、建設DX・AI活用・新規事業・採用広報・組織づくりに取り組んでいます。

記事一覧に戻る記事一覧に戻る