まさか社会人になってから、いじめられるとは思わなかった。私が監督の現場は、職人さんたちから敬遠された。
私:「今日はよろしくお願いします」
「ごろー(私のあだ名)の現場は嫌やで、帰るわ」
「ごろーの現場か、ついてないで…」
私:「すみません、そこ掃除してください」
「自分でやれ!」 竹箒を、足元に投げ捨てられた。
20歳で現場監督になった。 まさか大の大人が、現場で泣くことになるとは思わなかった。
漢字が書けなくてバカにされたのが悔しくて、すごい数の本を読んだ。 国家資格もとった。 でも一度「使えない奴」というラベルがついた人間に、再び希望の光が宿ることはなかった。
──25歳、Windows95が発売されたその年までは。
『パソコン塾、インストラクター募集』
私はその看板に目を奪われ、
気がついたらノックしていた。
昼は、竹箒を投げられる舗装の現場監督。
夜は、先生と頼られるパソコンの先生。
夜中はパソコンの勉強。
眠かったけれど、世界はピカピカと輝き出した。
腕力も社歴も関係ない。 新しい技術を知っているだけで、感謝される世界がそこにあった。
「人に喜ばれる」とは、こんなに嬉しいものだったのか。 あの時、私は初めて「自分の人生」を取り戻せる気がした。
▪️ピカソの名言にこういうものがある。
「人生の意味は、自分の才能を見つけること」
「人生の目的は、それを他人に分け与えること」
25歳の私よ…
よく、あのとき勇気を出して飛び込んでくれた。 昼間の絶望に負けず、夜の希望にしがみついてくれてありがとう。
「ありがとう」── 君の勇気と努力は、30年後の今、
建設とテックを繋ぐ、大きな希望になっています。
あなたは、苦しかった頃の過去の自分に、
どんなメッセージを伝えたいですか?
一筆啓上いたします。
「挑戦しよう、君には才能がある」
【ピカソに学ぶシリーズ】
▪️①:家業が倒産した15歳の自分へ
▪️②:副業を始めた25歳の自分へ
▪️③:27歳で起業「生涯の手取り月給は、平均28.5万円」
▪️④:41歳人生最大の挑戦
▪️⑤:45歳、倒産前